「自分を癒してあげなさい」
「自分を……癒す?」
「まずは自分自身を整えるの」
魔女たちのアフタヌーンティー 内山純 P60
“魔女”が住んでいると噂される白金台の大きな屋敷。黒い服に身を包む女主人のお茶会は、型にとらわれず自由で楽しい。丁寧に淹れた香り高い紅茶と宝石のようなティーフーズも素敵だが、アイスティーと芋けんぴの相性も抜群だ。仕事も恋もうまくいかず鬱屈していた真希は、お茶の奥深さを知り、さまざまな年代のゲストの悩みを聞くうちに自分自身と向き合っていくーーちょっと不器用な人々の繋がりを描く心満たされる物語。
あらすじ
作者の内山純さんは、私は今作が初めての方です。
調べてみると、今年で作家として活動されてから10年目ということ。お生まれは1963年で、現在61歳です。小説家は一生続けられる仕事かつ、若い頃から活躍されていれば、60歳で小説家歴30年ぐらいの方も多くいそう、と考えると、内山さんはまだまだ小説家として若手と言えるでしょう。
しかし、内山さんのキャラクター構成は、若手なんて言えません。凹凸ありの、欠点もあれば良いところもあり、失敗もあるキャラクター達。安易に悪役を作るのではなく、一見欠点が目立つようなキャラクターでも、人生経験からくる柔らかな瞳でくるりと包み、物語が終わる頃には、読者も好きになってしまう。そんな魅力のあるキャラクターが素敵です。
私がこの本を手に取ったのは、書店でした。
何かブログ用に小説、と思ってああでもないこうでもないと歩き回っていたら、まずタイトルに目を引かれて裏表紙のあらすじを読んで購入。
いや紅茶好きなんですよ、私。
きっかけは家にあった母のお気に入りのコーヒーを勝手に飲もうとしたら母に発見されて「……あんたも、コーヒー飲むの」と嫌そうに言われた事がきっかけでした。ごめんさないお母さん。あなた、コーヒー好きですもんね。自分がこだわって選んだコーヒー、まだ味の違いもよくわかっていない人間にあんまり飲まれたくないですよね。
それで、コーヒーがダメなら紅茶かな、と紅茶を飲み始めるようになりました。
紅茶は、元々が中国原産のチャノキという一種類の木から始まりましたが、植える地域や育つ場所の標高によって驚くほど差があります。その違いを確かめる飲み比べも楽しい。あと飲むとおしゃれな気分ですし、あと缶で買えば会社ごと個性ある紅茶缶がまた楽しい。缶で買えば、結構高いのが難点ですがね。
そんな紅茶好きにオススメの一冊が「魔女たちのアフタヌーンティー」
前屋敷真希という、不動産会社でバリバリに働く39歳の女性の視点から紡がれる5編の短編集です。短編集とは読みやすくて嬉しいですね。
主人公の真希。私の印象としてはこうです。
「うわっ……嫌いなタイプの女……」
いやだって。
なんか強引ですし、自分の仕事での汚名返上のことしか最初は頭にないし、なんかたまたま見かけた小学生をその為に追い回そうっていい歳こいた大人が何をしているんだ、という話ですし、そもそも仕事内容が他人が持つ金になりそう土地を買い取る、という仕事も私自身気に食わない。(不動産業界の方すみません)
大嫌い、というわけではないですが、このまま主人公がこの調子だと読み進めるのはしんどいなぁ、と思っていました。
しかし、そんな真希ですが、ひょんな事から自分が狙っていた土地に建つ屋敷に住む高齢女性、スーにお茶会に招かれることになります。
ここでお茶会の様子が、なんともまあ素敵なこと。
品のいい立派なお屋敷に、伝統的なアフタヌーンティーの描写。紅茶の美味しさに、美味しそうなティーフーズの数々。
読むだけで素敵なお茶会の様子が簡単に想像できるようです。
美味しい紅茶と美味しいお菓子と、よく知らない人たちの集まり。
それが集まれば、ポツリと悩み事が漏れてしまうこともあるでしょう。
お茶会に同席した1人、高校生の蒼梧君が、悩みを打ち明けます。
医者家系に生まれて、自分が継ぐように周りからプレッシャーをかけられている。本来は兄が継ぐはずだったがドロップアウトして、その事で家族中が責任を押し付けあっている、と。
同席した面々は、その悩みに関して、好き勝手いろんな事を言い合います。正解はありません。みんなどこかは正しくて、どこかは間違っている。人間は誰しも自分の視野でしか物事を測れないのですから当然のことです。
なので、スーはまだ年若い少年に一つだけアドバイスをします。
「まずは、自分を癒やしなさい」と。
誰も彼も、悩む少年自身の事を見ていないのだから、それに振り回されて自分が癒やされないようでは何を言われようとも響かないし、自分の本心を見ることもできない。
居合わせたお茶会の参加者や少年の困った家族たちすらも否定せず、少年がほんの少しの気づきが得られるだけの小さな魔法をスーは少年に教えました。
紅茶を淹れる。お茶は、その為にある。
簡単なことですが、人生はそんな小さな事からゆっくりと進んでいくもの。
そんな大人も子供も忘れがちなことを改めて教えてくれます。
お茶会が終わり、参加者はそれぞれお茶会の席から立ち去っていきます。そして、真希は現れたもう1人の魔女に、自分の名刺と屋敷に来た目的を伝えます。
魔女たちの返答には安心感しかありません。「屋敷の土地を売るのはお断り」と。
しかし真希はめげず、魔女たちもまためげません。
魔女たちが真希に負けないのなら、読者は安心して真希を主人公として見てられるでしょう。
読めば、いや読む途中も美味しい紅茶お菓子が欲しくなる深夜には読んじゃダメの素敵な小説。
なんとなく自分を癒やしたい時にオススメです。